世界を凌いだ牛乳『北海道は別海町』

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白牛乳は、決して「脂がベトベトにひっついている」ような凄い牛乳ではありませんが、シンプルで普通に美味しい牛乳。コーヒー牛乳の印象はよく覚えていませんが、ここのフルーツ牛乳は絶品ですよ。何より絞りたて、出来立ての牛乳を酪農家の庭先で飲めるわけですから、ドライブの一休みにはもう最高のシチュエーションですね。それに作業中でも嫌な顔一つせず、笑顔で出迎えてくれてくれる女将さんの魅力も大きいですね。ただ、何度も何度もお呼び立てするのは申し訳ないので、私はいつも「白牛乳と、コーヒー牛乳と、フルーツ牛乳!!」と一気に買ってしまいます^^vお腹の調子に問題がなければ、是非是非大人買いをオススメします(笑あと冬場はホットミルクもあるという噂があるのですが、私は未確認です。

 

上記コメントはネット検索により見つけたものですがそもそも友人が釧路を訪れた際、海の幸やいろんな旨いもんを食べて飲みまくったのちに

一番印象に残った美味いものが此の普通の白い牛乳やッたとよだれをたらさんばかりに熱く語るのです。いくしかないっしょ!!!

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”多聞言葉”シリーズ(コハ‐27)

質問力

 どんな仕事でも、他人に助言する立場にいる人であれば、“質問力”を磨く必要性があると感じている。

 探偵という職業のベースである調査という専門領域は、どちらかというと解答力が問われる職業である。なぜなら、すべての解答が事実認定により、その事実に解答がある。その解答を迅速かつ正確に探すことができるのが優れた探偵だからである。だからこそ、解答力を磨くのに労を惜しまなかった・・・。

 “質問力”を磨く必要性を感じ始めたのは、もう15年ほど前に中小企業の経営計画を策定するお手伝いを本格的に始めたときからである。

 熱心に時間をかけて策定したはずの経営計画が画餅になってしまう。なぜだろう?

そんな疑問に対して、考えた挙句、頭に浮かんだのが“質問力”であった。

 探偵事務所主導でやってしまうと、どうしても過去のデータを分析し、予測をやってしまう・・・。これが失敗の原因だと気づく。なぜなら、その経営計画には、経営主体である社長の想いが反映されてなかったのである。

 「どんな会社にしたいのか?そのために何をなすべきなのか?」 社長に寄り添い、社長の想いを引き出せるような良い質問を投げかけることもせず、数字合わせをやってしまった・・・。これではノルマに過ぎず、その気になれるはずなかったのである。

 ここでいう“質問力”とは、相手の考えや想いそして行動を引き出す力と考えていいだろう。これができるようになると、経営計画の質はグッと良くなることは請け合いである。経営計画を策定する目的は、なすべきこと、つまり目標を明確にして、その気になってもらうことである。

 “質問力”を高めると、次のような効果が生まれる。

1/      相手の考えや想いを確認できる。

2/
   相手に気づきを与えることができる。

3/
   相手のモチベーションを高めることができる。

 経営計画の要諦は、一言でいうと、目標設定の良否に尽きるといっても過言ではない。しかし、目標は他人から与えられるものではなく、自らの意思で決めなければならない。なぜなら、人間は自分で決めないかぎり、その気になれないからである。

 “質問力”は、人間関係の基本のような気がする。相手に関心を持って、相手の話をよく聴く。そして、自然と出てくる相手への質問が相手の気づきやその気を引き出してくれる。当然ながら、お互いに感謝の気持ちが生じる。

 “質問力”で関係性が良くなると、人間は生産的になれる。

(H27.7.20)

106.0

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本日は天赦日+一粒百万倍日だ。つまり超超超縁起のいい日なのだくわしくは目の前のパソコンで調べてください。

添付画像は時期外れだが『日本ダービー』という題がついた墨字絵で副題が『サラブレットの夢』です。つまり毎年

4000頭以上生まれてくるサラブレットの中の優駿18頭のみが出場できる夢のレースなのです。『皿ブレッド夢』

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”多聞言葉”シリーズ(コハ-26)

寛容

 “寛容”とは、広辞苑によると「1/寛大で、よく人をゆるしいれること。咎めだてせぬこと。2/善を行うことは困難であるという自覚から、他人の罪過をきびしく責めぬこと。キリスト教の重要な徳目。3/(tolerance)異端的な少数意見発表の自由を認め、そうした意見の人を差別待遇しないこと。」とある。

 “寛容”な人とは、愛と豊かさに溢れた人のことで、一流といわれる人物には“寛容”という徳を備えた人が多いという。「寛」という名を授けられた日本人男性が意外と多いが、そんな想いを託されたのだろう。

 土光敏夫氏は、「権限はすべて譲っても、責任だけ残るのが社長だ」という言葉を残されたが、蓋し名言である。「サルも木から落ちる」が如き、油断や怠慢から生じた部下の失敗に対しても責任を問われる・・・。どれほどまで、人として“寛容”でいられるのであろうか。

 もともと、tolerance(“寛容”と訳す)の語源には、「耐える」、「我慢する」という意味があるそうだが、一流の人物が備えている“寛容”とは、その次元を超えた「相手を受け入れる心のひろさ」だと考えたい。

 人(経営者)にとって“寛容”を試されるのは、どんな時だろう・・・。

1/    部下や他人の失敗を許せるか

2/  
 意見の対立があったとき

3/ 
 不可解なことに直面したとき

4/ 
どうしても許せない相手がいるとき

5/    コミュニケーションが円滑に行かないとき

6/    チームプレーが必要なとき

7/
   人種や文化等の多様性を受け入れようとするとき

では、“寛容”であるためには、どう自らを処したらいいのだろうか・・・?

“寛容”とは、他人の出方に左右されることではなく、とことん自分自身の心の有り様

だと考える必要がある。“寛容”であるか否か、すべて自分の課題として向き合うべきだろう。

 「言うは、易し」である。だが、実際に“寛容”であり続けることの難しさを誰もが感じているに違いない。つい、打算、傲慢や慢心、忘恩、復讐心、虚栄心など自己中心的な態度をとってしまう・・・。

 「世の中は、無常と無我」(釈尊)、つまり関係性においてしか成立していない。自他非分離こそ、自己を生かす道・・・。“寛容”でありたいと考える。

(H27.7.13)

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”多聞言葉”シリーズ(コハ‐25)

気高さ

 “気高さ”、つまり、「気高く生きる」ということは価値ある使命観に目覚め、それを実現したいと強く想い、チャレンジし続ける生き様、そのプロセスではないだろうか。

 “気高さ”とは、品格、気品とある(広辞苑)。人間は、どのような人に対して“気高さ”を感じるのだろうか・・・。自己保身や利益を度外視してでも、他者に対して尽くそうとする姿をみて感動する。やはり、無私の心だろう。

 「なにごとも、使命観がないと、あかんな」・・・。松下幸之助氏の有名な言葉として知られているが、仕事で悩み抜いた末の悟りだという。私たち企業人にとっての“気高さ”とは、自らが関わる仕事に対する使命観そのものではなかろうか。

 仕事に対する使命観とは、他者への貢献について考えることである。そして、世のため人のために尽くすという生き方が自らの心を養い、磨き、その人の“気高さ”の土台となっているのであろう。

 「すべての人間は、本質的に“気高さ”への欲求を持っている」という。確かに、その本質に気づき、自らの心がより高次の目的に目覚めたそのときから、“気高さ”への欲求を持った多くの人々と出逢うから、人生は不可思議だ。

(H27.7.6)