雲烟過眼

“多聞言葉”シリーズ(探喫20‐27)

中村天風・雲烟過眼

“雲烟過眼(うんえんかがん)”・・・。1~2年ほど前に買って、読んだ本であるが、「中村天風 折れないこころをつくる本」(池田光 解説)を再読していると、マーカーで印しをつけていた言葉だ。

“雲烟過眼”とは、かすみや雲が目の前を過ぎ去り、去ればそれっきり思わないことをいう。つまり、物事に深く執着しない例えのことだそうだ。以前にマーカーで印しをつけておいたはずの言葉なのに、記憶から飛んでいた・・・。

まさに、“雲烟過眼”の記憶力だ・・・(苦笑)。

「急行列車の中で、窓に写るいろんな景色を、フーッ、フーッと雲烟過眼する気持ちが、とらわれない、執着解脱の心境なのである」(『運命を拓く』)と述べている。

つまり、“雲烟過眼”の気持ちとは、とらわれのない、執着から解き放された心境だと説明している。

コロナの影響もあり、一人でいる時間が多くなったので、自分自身の過去の出来事を振り返ってみたが、すべてが“雲烟過眼”とはいかず、執着心(雑念や妄念)に振り回されている自分も多々あるようだ・・・。

天風曰く、“雲烟過眼”の心境であれば、心が強くなり、持てる力を発揮することができて、いい仕事ができるのだという。では、どうすればわれわれは、とらわれから脱することができるのであろうか・・・?

「人生は心一つの置きどころ」(天風)、その心をどうコントロールすればいいのだろうか・・・。

先ず、最も重要な視点は、「心を絶対的に積極化すること」だという。そのためには、次のような考え方が大切になる。

  • 喜びの感情(楽しさ、朗らかさ、おもしろさ)で常に生きること
  • 強く、長く、広く、深く生きること
  • 尊く、強く、正しく、清くあれ
  • 理想を描き自分を磨く
  • 人の世のためになることをする
  • 日々新しいことをやる
  • 雑念・妄念を消すこと

コロナ騒動の中でも、時間は確実に刻まれて過ぎていく・・・。過ぎ去った出来事にいつまでも怒ったり、悲しんだり、こだわったりして、自分の心の状態に振り回されている暇などない。“雲烟過眼”という言葉との再会に感謝である!

(R2.7.20)

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