virtus勇気

勇気

 英語の「courage(“勇気”)」は、「心」を意味するフランス語の「coeur(クール)」が語源だそうだ。表題はラテン語の「徳・勇気(virtus)」

此の勇気を持つにはまず自己否定から始めることが大切になります。

 

 ここでいう「自己否定」とは、水面上に顔を出している小さな島(=自我)を自分だと思い込んで執着している自己を否定することによって、水面下に隠れているもっと大きな部分(=無我)を発見し、自己の無限の可能性を引き出したいという成長欲求のことである。

 「自己否定」をすることによって、無限のエネルギーを持った自己に出逢うことができるならば、それはもう、心強いに決まっている。しかし、今までの自分を否定する行為はそう簡単ではない。相当に、“勇気”がいる。

 冒頭に戻ろう・・・・・。“勇気”の語源は、「心」である。つまり、“勇気”を示そうとすれば、自分の「心」のありようが試されるのである。

1.    不愉快で受け入れ難い真実を受け入れる“勇気”があるか。

2.    慣れ親しんだ快適ゾーンを捨てて、チャレンジゾーンへ踏み出す“勇気”はあるか。

3.   何事においても、他人のせいにしないで自己責任を貫く“勇気”があるか。

4. 
自分の弱点を認める“勇気”があるか。

5.   いかなる絶望的な境遇にあっても“勇気”を奮い起こせるか。

6.   廉恥を重んじ元気を振るう“勇気”があるか。

7.   どんなときでも、信念を貫く“勇気”があるか。

 今や多くの企業(個人も然り)は、「待ったなし」の状況に置かれている。変化を受け入れる“勇気”が問われている。変化に適応するには、自らを変える“勇気”が必要となる。“勇気”を奮おうとすると、必ず内面の葛藤が生じる。つまり、“勇気”とは、すべて自身の「心」の中で生じる戦いなのである。そのためには、「あるべき姿と現状との差」を常に明確にして、「その差」を埋めるための努力を、日々一つひとつ積み重ねていく必要がある。

 自己を高め続けたいという意欲とその努力を惜しまぬ覚悟があれば、おのずと“勇気”は生まれると考える。

(H26.5.19)